開発基本方針

IRSF1.4m望遠鏡の開発方針はZ研並びに開発メンバーの「美学」を反映しています。
ここでは、IRSF望遠鏡の開発における基本方針を紹介したいと思います。
なお、報告書類は資料・マニュアル集のページにあります。

目次

1、基本的な考え方

2、望遠鏡架台

3、鏡筒

4、軸受け機構

5、エンコーダ(角度の読みとり方法)

6、駆動方法

7、主鏡セルの構造

8、ドーム内部の気流を考慮した設計を取り入れる

9、その他


1、基本的な考え方

・できる限り市販の部品や構造材料を使う

 これまでに日本の会社によって作られた望遠鏡は、求められる精度を達成するために特殊な部品や技術を用いていました。 その結果、望遠鏡が非常に高価となるだけではなく、望遠鏡製作の技術が非常に特殊なものとなってしまっていました。
 私たちは、汎用の技術や市販されている工業製品を用いることにより、 望遠鏡の低価格化を実現し、汎用性の高い技術を獲得することを目指しました。 多くの場合、技術的なブレークスルーはこれまでに組み合わされれなかった技術の出会いによって実現できるものですが、 私たちのIRSF1.4m望遠鏡はそれを見事に証明できたと考えます。 また、IRSF1.4m望遠鏡開発の成功には日本の高い技術力が不可欠だったことは言うまでもありません。
 なお、IRSF1.4m望遠鏡開発によって得た技術の一部は、 東アジア天文台新技術望遠鏡にも生かされています。

・初期段階の設計はコンペで

 最初のラフスケッチを、業者(西村製作所)と大学側の双方で別々におこない、 夫々の良い部分を取り入れて、詳細設計に移行することにしました。 これは、業者側と大学側の望遠鏡に対する考え方の違いなどを擦りあわせるために是非とも必要であると考えたからです。
 ともすれば業者に丸投げということが多いのですが、実際の研究現場から技術的な情報を業者にどのように伝えるかは重要な問題です。 今回はコンペ方式で互いに競い合うことによって、研究現場からの要求を分かり易く提示することを目指しました。 西村製作所側では西村専務及び関氏が、名古屋大学側では物理金工室の河合氏がラフスケッチを担当しました。


2、望遠鏡架台

・経緯台方式を採用する

 赤道儀と比較した場合の経緯台のメリットととしては、ドームを小型にできることと、材料力学的に見て無理な構造がないことによって設計の負担を軽減できます。これはコスト削減にもなります。
 デメリットととしては、制御しなければならない軸が一つ増える事で、制御システムが複雑になる事です。
 しかし、最近の高精度の望遠鏡追尾においては、たとえ赤道儀と言えども、大気の補正や鏡筒撓みの補正を実施しなければならず、非常に高い精度の2軸制御が要求されます。したがって、最近のコンピュータ技術の進歩によって2軸制御と3軸制御の差はほとんどないと言って良い状況となり、必ずしもデメリットとは言えないようになってきました。
 現実に、私たちの望遠鏡は、副鏡の駆動や鏡筒の熱膨張を補正する機構などを入れると、実質的には5軸制御となっております。同程度の精度を得ようとすれば、赤道儀においても4軸制御となるので、その差はほとんどないと言って良いでしょう。
 我々の望遠鏡は、補正なしで17秒角を実現した事から、構造的な欠陥の少ない、非常に精度の良い装置となりました。
 コスト的にもドームが小型になったことで建物のコストが圧縮されたほか、架台そのものの製作費用も構造が簡単になった分、圧縮できました。
 以上のような観点から、今回の私たちの望遠鏡は、1.4mクラスの小型望遠鏡でも経緯台にするメリットが十分あった事を証明したものと考えます。


3、鏡筒

・オープントラスを採用

 赤外線望遠鏡の鏡筒は赤外線放射面積の少ないトラス型でなくてはなりません。可視の望遠鏡も、最近はオープントラスのものが主流になっています。

・セルリエトラス方式を採用

 セルリエトラスとは、トラス鏡筒の撓みを利用して主鏡と副鏡の光軸変化を一定に保つ方法のことです。我々の望遠鏡は解析の結果、トラスというよりもラーメンに近い構造である事が分かりましたが、セルリエトラスを意識した分、高度角の違いによる光軸のずれは少ないはずです。ハルトマン試験の分析が不十分なため、まだこのあたりの問題はわかりません。
 トラスの解析も十分できたとはいえませんが、光軸を保つ強度は十分あるようです。さらに、トラスの結節点は撓みを利用したものですが、撓み部分の歪は繰り返し応力による疲労に耐えるもであることは確認しています。

・主鏡セルは鏡に重力による撓みを打ち消すバランサによる支持方法をとる

 鏡筒の傾き角によって主鏡の撓み方が違ってくるので、それを補正する機構を入れました。しかし、この部分の問題もハルトマン試験の結果を待って微調整しなければならない部分です。

・副鏡振動装置

 現在はありませんが、将来、副鏡振動装置を取り付ける寸法的な余裕を持ち、トップリングやスパイダーに十分な強度を持たせるようにしました。
 副鏡振動装置は現在開発に着手したところですので、この部分の強度や振動がどのようになるかは不明です。


4、軸受け機構

・方位軸はRガイドを用いる

 RガイドはTHKの商品です。直線案内ベアリングに世界的なシェアを持つTHKが開発した大R案内のベアリングです。ちょうど直線レールをRレールにした構造になっています(写真)。
 このRガイドは残念ながらまだ厳しい精度の要求される場所での使用実績はありませんでした。しかし、この構造は直線案内ベアリングと同一である事から高い案内精度が得られると考えました。Rガイドを採用する事によって、ターンテーブルの小型化と単純化を図る事ができ、コルトダウンに貢献しました。
 Rガイドの設置は直線案内ベアリングと同程度の精度を必要とします。今回はそれが可能かどうかが、精度維持の最大の問題点となりました。しかし、我々の望遠鏡は、それが非常にうまく行った事を証明しました。

・高度軸は一端固定、他端支持

 汎用のベアリングを用いて、駆動側を固定端、反対側を支持端とする一般的な使い方です。ただし、支持端側にニードルベアリングを用いる事によって、鏡筒センターセクションと軸の撓みを軽減しようという意図でしたが、実際にどれほど効いているかは分かりません。


5、エンコーダ(角度の読みとり方法)

・各軸の角度読み出しはHEIDENHAINのインクリメントタイプ・ロータリエンコーダを用いる

 我々の望遠鏡では、方位と高度に超高角度分解能のロータリーエンコーダを用いました。 市販されているものの中から、精度において定評のあるハイデンハインのものを用いました(写真)。 このエンコーダはインクリメンタリ方式ですが、内部に原点出力を持っています。 原点の再現性は結局のところ、読み出し精度で決まる事から、この原点出力は非常に重要です。 このエンコーダの最小目盛りは0.035秒角(10万分の1度!)です。
 たいていの望遠鏡では、星をCCDで捉えて星を追尾する「オートガイダー」と呼ばれる装置によって 天体のポインティング(指向)・トラッキング(追尾)をおこなっています。 しかし、私たちの望遠鏡ではこのような超高角度分解能のエンコーダを用いているために、 オートガイダーなしで天体をポインティング(精度3")・トラッキング(精度0.3"/30秒)することが可能です。

・方位軸読み出しは大口径の開放型ロータリエンコーダを用い中心に配線・配管が通る構造とする

 大口径の開放型ロータリーエンコーダを用いる事によって開口部から配線や配管(冷凍機のヘリウムガス配管)などを通す事ができます。これによって、面倒なケーブル類の処理を大幅に簡略できました。
 しかし、開放型の欠点として、読取りヘッドと目盛りリングの取り付け精度が非常に微妙になります。我々の望遠鏡においても、調整に多くに時間と労力が必要となりました。

・装置ローテータは一般のエンコーダを用いる

 装置ローテータの精度は方位、高度軸ほど精度を必要としないので、一般的なロータリーエンコーダを用いています。


6、駆動方法

・方位、高度ともフリクションドライブとする

 フリクションドライブは摩擦抵抗を利用した駆動方法です。無限に小さいギアと考えれば分かり易いでしょう。駆動モータ等も同一のものとして保守性を高めることも考えました。

・駆動はがたのない構造とする

 せっかくフリクションドライブを用いるのですから、モータとフリクションドラムとの間に中間変速機を入れないようにしました。モータは超高分解能のダイレクトモータを使用しました。ダイレクトモータはカタログ的には理想的なモータのように見えますが、慣性負荷の場合、共振現象を制御する事が難しいという欠点を持っています。我々の望遠鏡はこの問題の解決に多くの時間を費やしました。


7、主鏡セルの構造

・主鏡保持機構とローテータを一体構造とする

 主鏡支持部にインスツルメント・ローテータ支持部分の応力がかからない構造をとるべきですが、主鏡と焦点との距離が少ないため、インスツルメント・ローテータを含む主鏡セルに十分な強度を持たせられないことから、一体型の構造となりました。この部分は当初、この望遠鏡にTRISPECなどの大型観測装置(負荷重量500Kg)も乗せられるよう設計を進めていましたが、これはあまりにも欲張ったことだと判断し、実際に光軸の精度を保つことをができるのは200kg以下の観測装置ということにしました。

・主鏡歪補正機構

 主鏡は真上を向いているとき最も正しい形状をしています。しかし、望遠鏡の高度を下げていくと、主鏡の角度も変化し、主鏡を支える場所のかかる荷重条件が変化して、主鏡の撓みもかわってしまいます。この荷重条件の変化を小さくするために、主鏡を支える部分を工夫したものが主鏡歪補正機構です。この補正機構は特許の関係もあって公開できませんが、重りを使った巧妙な機構で、夫々の望遠鏡メーカーによって、特徴が現れる部分でもあります。


8、ドーム内部の気流を考慮した設計を取り入れる

 地上の観測では、大気の乱れによって星像が大きくなり、結果として角度分解能が下がってしまいます。 この大気の乱れ具合を「シーイング (seeing)」といいます。 さらにシーイングの中でも、ドーム表層の空気によるものを「ドームシーイング」、 望遠鏡構造・主鏡によるいわば陽炎によるものを「望遠鏡シーイング」と分けて呼ぶことがあります。

・ドーム外壁に多くの空気取り入れスリットを設置

私たちの望遠鏡では、ドームに多くの窓(スリット)を設置し、 ドーム内全体に外気を取り入れられるようにしました。 これによって自然な気流が望遠鏡全体を包み、「ドームシーイング」を向上させることを狙っています。

・主鏡側面にファンを設置

 「望遠鏡シーイング」を悪化させるものの一つに、主鏡上面の乱気流があります。 主鏡の温度が外気に比べて高いとき、主鏡表面にいわば陽炎が立ち、星像を乱すのです。 私たちはこれを避けるために、主鏡の周囲にファンを設置し、 主鏡周辺部から中心部へ向かって渦巻き状の大気の流れが発生するようにしました。 この大気の流れによって、主鏡から発生する陽炎を「吹き飛ばす」のが狙いです。


 実際の観測では、強風によって望遠鏡制御が乱されない限りはスリットを全開にして観測しています。 スリットを解放すると1時間ほどでシーイングが落ち着く印象があります。
いっぽう、IRSFで得られているシーイングは当初の予定(〜0.9")に比べて良くありません(〜1.2")。  一つ考えられる原因として、望遠鏡を地面から比較的低い位置(高さ約1.4m)に設置したことが挙げられます。 地面近くの気流はシーイングを乱すと考えられているからです。 しかし、もっと高い位置に設置されているSAAOの別の望遠鏡でもシーイングが1"を超えているという話もあり、 シーイングについては充分な知見が得られていないのが現状です。
 まず必要なのは「シーイングモニター」等を使ったシーイングの測定でしょう。 それによってIRSFのシーイングに対する対策を評価することが今後の課題となります。

9、その他

・リミットスイッチ

 方位軸とインスツルメントローテータは500°ほど回転してほしいので、リミットスイッチに特別の工夫を施します。回転を直線運動に変換し、そこにリミットスイッチを取り付けます。


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